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福岡高等裁判所 昭和45年(行コ)4号 判決 1972年11月20日

控訴人(原告) 菊地正治

被控訴人(被告) 福岡国税局長 福岡税務署長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人福岡税務署長が昭和四二年二月七日控訴人の昭和四〇年分所得税および加算税につきなした再更正および賦課変更決定処分に対し控訴人のなした昭和四二年七月四日付審査請求につき被控訴人福岡国税局長が同年一〇月一七日になした審査請求を却下する旨の裁決を取り消す。被控訴人福岡税務署長の右再更正および賦課変更決定処分ならびに被控訴人福岡税務署長が昭和四一年九月二六日控訴人の昭和四〇年分所得税および加算税につきなした更正および賦課決定処分をいずれも取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠の関係は、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

一、控訴人主張の請求原因一ないし五の事実は、本件再更正処分に対する異議申立日および審査請求に対する裁決書謄本送達日を除き、いずれも当事者間に争いがない。

二、右各事実によれば、被控訴人福岡税務署長が昭和四二年二月七日なした本件再更正処分は、これに先行して昭和四一年九月二六日なされた本件更正処分(および加算税賦課決定)における所得税額を減少させる再更正処分(および加算税額を減少させる変更決定)であつて、本件更正処分全部を取り消したうえあらためて残額につき納税額を確定する処分ではなく、本件更正処分のうち減額される部分のみを取り消す控訴人に利益な処分であるから、本件再更正処分および加算税賦課変更決定に対しその取消を求める控訴人の審査請求を権利保護の要件を欠く不適法の申立であるとして却下した被控訴人福岡国税局長の本件審査裁決に違法はなく、また同様の理由により、控訴人は本件再更正処分および加算税賦課変更決定の取消を求める利益を有しないものというべきである。

三、つぎに、控訴人が本件更正処分に対して異議の申立をなしたところ昭和四二年一月二五日右異議申立を棄却されたが、審査の請求をしなかつたことは当事者間に争いがない。

しかし、成立に争いのない甲第四号証および原審における控訴本人尋問の結果によれば、控訴人は本件更正処分に対する審査請求の申立期間内である昭和四二年二月七日被控訴人福岡税務署長から本件再更正処分の通知をうけたこと、右通知書において右処分に不服があるときは一月以内に同税務署長に対し異議申立ができる旨の誤つた教示がなされていたこと、控訴人は右再更正処分についてもなお不満であつたが、右再更正処分を争えば本件更正処分も当然争つたことになるものと考え、右教示に従つて本件再更正処分に対し異議申立をなし、さらにその棄却決定をうけて審査請求をしたが、そのため、本件更正処分については審査請求をしなかつたことが認められる。

右事実によれば、専門の法律知識を有しない一般人と認められる控訴人が、本件更正処分について審査の請求を経なかつたことにつき、国税通則法八七条一項但書四号後段(昭和四五年法律第八号による改正前のもの)の正当な理由があるときにあたるものというべきである。

もつとも、本件更正処分取消訴訟の出訴期間は、行政事件訴訟法一四条四項、三項により、前記異議棄却決定の日である昭和四二年一月二五日から一年後の昭和四三年一月二五日であるところ、本件訴訟が提起されたのは右期間経過後の同月三一日であることは本件記録上明らかであるが、前記認定のとおり、控訴人としては本件再更正処分に対し不服の申立をなすことにより本件更正処分も当然不服申立の対象となるものと考えていたこと、控訴人において本件再更正処分についての審査請求却下の裁決書謄本の送達を受けたと自認する昭和四二年一〇月三一日から起算すると三ケ月以内に本件訴訟が提起されていることに徴すると、法律の専門家でない控訴人が右出訴期間を徒過したことにつき、同法一四条三項但書の正当な理由があるものというべきである。

四、控訴人は、本件確定申告に際し、その長男義隆および次男正義に支払つた雇人費合計九九万二、〇〇〇円を必要経費として事業所得金額から控除して算出したところ、被控訴人福岡税務署長は、本件更正処分において、右両名が控訴人と生計を一にする親族であるとして、右両名に支払つた右金額を必要経費に算入していないのであつて、本件更正処分は違法であると主張するので、検討する。

成立に争いのない乙第三号証、原審証人稲田則之の証言、原審における控訴本人尋問の結果の一部を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  控訴人は商店、会社等から注文を受けて伝票、納品書、請求書、領収書等の印刷を業とするものであつて、その長男義隆および次男正義を右事業に従事させているが、昭和三九年度までの所得税の申告にあたつては、右両名を事業専従者として申告し、専従者控除をうけていたこと

(二)  控訴人は昭和四〇年度において前記両名から源泉徴収所得税を徴収しておらず、前記両名も同年度の所得を課税対象とする市県民税を納付していないこと

(三)  前記両名に対する雇人費合計九九万二、〇〇〇円(前記控訴本人尋問の結果によれば、右金額は前記両名に対する各給与月額三万八、〇〇〇円、賞与年額四万円の合計額であるというのである。)については、これを記載した帳簿、賃金台帳はなく、本件再更正処分に対する異議申立の段階ではじめて乙第三号証の原本が提出されたが、右乙第三号証に記載された前記両名に対する支給金額は控訴人が申告した前記両名に対する雇人費合計九九万二、〇〇〇円とは全く異なつていて、毎月の支給金額、支払期日は一定しておらず、とうてい通常の給与体系とは認められないこと

(四)  前記両名はもつぱら控訴人経営の事業に従事しており、控訴人の事業から生ずる収入によつてのみ生計を維持していること

以上の事実によれば、前記両名は控訴人の印刷業を手伝い控訴人は右両名に対し生活費を支給して有無相扶ける関係にあるものと認めるのが相当であり、したがつて右両名は所得税法(昭和四一年法律第三一号による改正前のもの)五六条の控訴人と生計を一にする親族にあたるものというべきである。もつとも原審証人菊地義隆、同菊地道子の各証言、原審における控訴本人尋問の結果によれば、前記両名は昭和四〇年当時いずれも結婚して控訴人と別居していたことが認められるが、別居していても、生活費の面で有無相扶ける関係にあれば、生計を一にするものということができるから、右別居の事実は、なんら前記認定および判断の妨げとはならない。

そうすると、控訴人がその長男義隆および次男正義に支払つたと主張する雇人費合計九九万二、〇〇〇円を必要経費に算入せず、これを控訴人の事業所得金額から控除しなかつた被控訴人福岡税務署長の本件更正処分になんら違法の点はない。

五、なお、控訴人は、本件確定申告に際し、家賃八万四、〇〇〇円を必要経費として事業所得金額から控除して算出したところ、被控訴人福岡税務署長は、本件更正処分において、右家賃のうち六万円しか必要経費と認めなかつた点についても違法があると主張するが、原審証人稲田則之の証言によれば、控訴人は現住家屋を家賃一ケ月六、〇〇〇円、工場を家賃一ケ月一、〇〇〇円合計一ケ月七、〇〇〇円(年額八万四、〇〇〇円)で賃借しているが、右家屋のうち、三分の一は居住用として使用し、事業用として使用している部分は三分の二にすぎないこと、したがつて家屋の家賃のうちの年額四万八、〇〇〇円と工場の家賃年額一万二、〇〇〇円との合計六万円が事業用として必要経費と認められるにすぎないことがうかがわれるので、本件更正処分は、この点についても違法はない。

六、以上の次第で、控訴人の本件審査裁決の取消を求める本訴請求は失当であり、本件再更正処分および加算税賦課変更決定処分の取消を求める本訴請求は訴の利益を欠くものであるからいずれもこれを棄却すべきである。しかし、原判決中、本件更正処分および加算税賦課決定処分の取消を求める本訴請求は法定の出訴期間経過後の不適法な訴であるとしてこれを却下している部分は前示のとおり誤りであるが、本件は控訴人のみが控訴していて被控訴人らの附帯控訴はなく、かつ訴却下の判決は請求棄却の判決より控訴人にとつては利益であるから、控訴審における不利益変更禁止の原則により、原判決を取り消して請求棄却の判決をすることはできない。

七、よつて、原判決主文第一、二項は相当であり、主文第三項についてもこれを取り消すことができないので、結局本件控訴はすべて理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 塩田駿一 篠原曜彦 境野剛)

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